あーたらこーたら
 
日々の出来事などをダラダラと…
 



2015年10月を表示

せーんろはつづくーよ











10月14日は鉄道の日だったそうで。
鉄道といえば、今は亡き野上電鉄を思い出します。
今回は、そんな野上電鉄の話です。

野上電鉄といえば、
末期の悪評(怒声による案内放送とか)が有名ですが、
オイラが乗った頃はそんなに酷くありませんでした。
せいぜい、下記のような事があったくらいです。

時は1984年、2月。
野上電鉄の始発駅、日方駅に着いたのは早朝でした。
まだ暗かったのを覚えてます。
切符を買って電車に乗ると、
乗客はオイラと同行してた兄と兄の友人の3人だけ。
そうこうする内、車掌さんがやってきて一言。
「どちらまで?」
終点の登山口駅までと告げると、
まもなく電車は発車したのでした。
途中の駅に近づくと、乗客は誰一人いません。

すると、電車はそのまま通過。

各停の筈が、

イキナリ快速にへんし~ん!

その次の駅に近づいても、
人がいないのを確認するや通過。
それを繰り返し、紀伊野上駅に着きました。
ココの駅は電車がすれ違う駅なので、
停まったみたいでした。
電車は反対側から電車が来るのを待ちます。
その間、電車の写真を撮ったりしましたが、
文句一つ言われませんでした。
5分ほどたった頃でしょうか。
反対側の電車がやってきて、電車は発車しました。
結局、臨時快速(笑)は残りすべての駅を通過して、
終着駅の登山口駅に着いたのでした。

やっぱりね、こんな事してたらダメですよねぇ。
経営が苦しいくせに、ワンマン車じゃなかったし。
潰れるべくして潰れた、といったところでしょうか。
会社解散の一報を聞いた時、
「あ~やっぱりねぇ」と思いましたよ。

今でも現地には車両が保存されていますが、
見るたびにこの事を思い出すオイラなのでした。



10月18日(日)16:32 | トラックバック(0) | コメント(2) | 鉄道 | 管理

不死身の男

オイラには兄が一人いるんですが、ソレが凄いんですよ。
何度も死にかけてるんですが、無事生きてます。
今回はそんな兄のお話です。

兄が3歳の頃の話です。
雨が上がったある日、
兄は5歳の友人と遊びに出かけました。
出かけた先は野壷でした。
野壷ってのはね、肥溜めです。
田舎だから昔はよくあってねぇ、
「きけん はまるな」なんて看板がありました。
実際ハマって亡くなった子供もいました。
そんな場所で兄と友人は、
二人で石を投げて遊んでました。
そうこうしている内、

兄はズルッと滑って、

野壷の中へ。

とっさに友人が引き上げてくれたものの、
二人はウンチまみれ。
騒ぎを聞いて駆けつけた近所の大人に助けられ、
無事事なきを得ました。
結局、新聞沙汰になり、
母は友人に人命救助の賞状を申請したのでした。

大学生の時の話。
兄は原付バイクで峠道を走ってました。
最初はタダの峠道だったのが、次第にハードな酷道へ。
どんどん足場が狭くなり、崖っぷちの道になりました。
「こりゃアカン」と思った瞬間、
滑って崖のふちギリギリでバイクは停まりました。
あと数センチで、
崖の下へと真っ逆さまのところでした。
それから何度も切り替えしして、道を戻ったのでした。

同じく大学生の時の話。
兄は爺さん夫婦を乗せて、クルマを運転してました。
走るうち、クルマの後ろから異音が。
「大丈夫、大丈夫」
兄はそう言ってましたが、爺さんは納得しません。
結局、爺さんに押し切られ、
クルマを停めて点検すると、

リアタイヤが、

外れかけてました。

もしそのまま走ってたら、事故になるところでした。

兄の話は他にもありますが、またの機会にでも。



10月11日(日)17:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | その他 | 管理

阿呆猫クロっちょん

今回は以前のブログでもお話した、
クロっちょんのお話です。

クロっちょんは、昔ウチで飼ってた猫です。
正式にはクロというんですが、
クロっちょんが仇名になってました。
野良上がりのせいか、とにかく口が卑しい猫でした。
飼いはじめた当初は、
何とか治るんやろうと思ってたんですが、
死ぬまで口が卑しいまんまでした。

しかも猫らしくない特徴もありました。
普通猫って、おなか一杯になったらエサを残すでしょ。
で、暫くしたら残したエサを食べたりする筈です。
しかしクロっちょんは違いました。

やればやっただけ、

エサを食べるんです。

エサを残した事なんて、滅多にありませんでした。

もうね、オマエは江戸っ子か、

というくらいです。

ホント、それくらい宵越しの銭は持たない、
クロっちょんなのでした。

こういう事がありました。
ある日、婆ぁちゃんがクロっちょんに、
エサをやりました。
婆ぁちゃんは滅多にエサをやらないので、
エサの量がわかりません。
結局、カップラーメン一杯の、
鰹節ゴハンをやったのでした。
正直、人間でもなかなかな量です。
オカンやオイラは、
流石のクロっちょんでも残すだろうと、
タカをくくってました。

しかし江戸っ子クロっちょん、

ぜ~んぶ食べちゃいました。

クロっちょん、食い過ぎで動けなくなってました。
流石にこの時だけは、
エサを目の前にやっても食べませんでした。

クロっちょんの話は他にも色々あるんですが、
次の機会にでも。



10月4日(日)15:30 | トラックバック(0) | コメント(2) | ペット | 管理

アナタのお名前何てぇーの?

初めての方もそうでない方もコニャニャチハ。
佐久間ディックで御座います。
まずは自己紹介の代わりにハンネの由来でも。

ラップのグループで、
ビースティ・ボーイズというグループがあります。
彼等が初来日した時の話です。
当時の彼等は1stアルバムが大ヒットし、天下無敵状態。
元々ヤンキーで金持ちのボンボンでバカですからねぇ、
もぅやることなすことムチャクチャ。

来日ステージの上でもそうでした。
ステージ上に巨大なチンコをブっ立てて、
握りコブシを股間に当てながら、

「Suck my dick!」

の大連呼。
「俺のチンコを握れ!」って叫んでたんです。
どーせ日本人は英語がわからねぇだろうと、
ムチャやってた訳ですね。

しかし上には上がいるものです。
客のボディコン姉ちゃん達(時代を感じますね)、
ソレを見て

握りコブシを股間に当てて、

「Suck my dick!」の大合唱。

姉ちゃんチンコないやろとツッコミ入れたくなりますが、
ココロ温まるオハナシですねぇ。

そんな訳でこの話から、
佐久間ディックというハンネを思いついたのでした。

でもこのハンネ、昔何回か使っただけで、
封印したつもりだったんです。

ツイッターを始めた時、
既に某氏がオイラの事を、
「佐久間の兄ィ」とツイートしてたんです。
で、仕方なく使い始めたのでした。

とまぁこんなおバカなオイラですが、
コレからも宜しゅうに。



10月4日(日)09:41 | トラックバック(0) | コメント(0) | その他 | 管理


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